【HD】白金ディスコ TVバージョン
このOPアニメーションの月火の左右から腕を引き付ける振付け(『いつまでも止まらないこの胸のときめきで一緒に踊ろう』の部分)が、どうしてもヲタ芸の一つ「ロマンス」に見える
このOPアニメーションの月火の左右から腕を引き付ける振付け(『いつまでも止まらないこの胸のときめきで一緒に踊ろう』の部分)が、どうしてもヲタ芸の一つ「ロマンス」に見える
「20年後くらいに、0年代の深夜アニメのタイトルと内容を一通り覚えていて、「○○○○ってどんなアニメだっけと?」とか、「こんな内容のアニメがあったはずだけど、タイトルなんだっけ?」と聞かれて即答できる人は、猛烈に濃いアニメマニアとして扱われるはず。」
「障る」って言葉が、ある文脈でよく使われていて不快だ。
「障」ってのは、それだけ見ると明快。「差し障り」とか「障壁」に使われる字であり、悪い影響を与えると言う意味だ。
で、どんな「障り」が不快かというと、「耳障りが良い」という文脈だ。
たぶん「口当たりが良い」「舌触りが良い」と同じような言い回しを聴覚でも使いたくなって、とりあえず手当たり次第使ってみたらコレが一番”口当たりが良”かったので広まったんではないか。「耳当たり」とは言わないからね。
現代日本語には、同様に「テキトーに言ってみちゃいましたテヘ」みたいなオカシな言い回しがいくつもいくつもある。「真逆(『まぎゃく』。元は照明用語)」、「役不足(『役者不足』との混同)」、「~したり(する)」の単一使用、「宴もたけなわ」、「お愛想」、ほか無数にある。
そしてこの風潮は昔からの伝統でもある。「だらしがない」は「設楽無し」をひっくり返した言い方が定着したものらしいし、「凄まじ」は元は「興ざめだ」という意味だったみたいだし。やはり無数にあろう。
考えてみるに、言葉の意味は時代によって変わると言うが、むしろ気分によって変わるのではないか。時代によって言葉の語感によって与える気分が異なる。
「まったり」なんかもそうだけど、耳慣れない言葉の初めて使われる用法に「うまい言葉で表現するなあ」と賛同する人が多ければ採用される。反感を持つ人は、感覚を共有できなかったり、元々言葉を知っていて誤用が許せなかったりするのだろう。
個人的には、言葉は時代によって移ろうものであり、意味や用法が変わってもいいと思う(『真逆』や『全然』などは許容したい)のだが、「役不足」とか「耳障り」とか漢字を読めば意味のわかるようなものをわざわざ誤用するのを見ると、どうしても反発したくなる。
「耳に障る」、いや、「目障り」なのだ。